愛知県東部に位置する豊橋市、中心市街地周辺は江戸時代『吉田』と呼ばれ、吉田城の城下町で東海道34番目の宿場町でもありました。
その礎ともいえる(三河)吉田城は現在の豊橋公園内にあり、本丸を中心に石垣・土塁など遺構が多く残され、昭和に入り建てられた鉄(くろがね)櫓もある見処のある城址です。しかし、それら遺構の保全が十分とは映らず、鉄櫓の耐用年数も気がかりです。
遺構の保全・修復・復元により、歴史的資源の魅力がより向上し、いっそう歴史や文化を知る事、郷土への愛着や誇りを持って欲しいと考えている会です。
【おもな活動内容】
(1)吉田城の歴史文化への理解を広め、次世代に伝えるための各種活動。
(2)吉田城の保全管理及び復元築城を促すための各種活動。
(3)その他の目的を達成するための各種活動。
具体的事例
私達は郷土東三河の歴史を繙き学習し、その象徴である吉田城を愛する者の集まりです。
群雄割拠の戦国の世、三英傑が闊歩したこの地域は戦略的に重要な場所として戦国武将の権力の狭間に有り、この地を治める吉田城(当時は今橋城)の争奪合戦が幾度か有りました。
そんな郷土の遠い歴史を顧みて吉田城の前に立つと何とも言えない厳かさと畏敬の念を抱きます。合戦に明け暮れ明日をも知れない命そんな時代を経て来た現代の平和な世の中はご先祖の方々の犠牲や努力によってより良く引き継がれて来たと言っても過言ではないでしょう。
そんな多くの先人達の足跡や偉業として吉田城が歴史的資源として重要と考え、郷土史の学習や吉田城址の清掃の他、吉田城の魅力を啓発しています。
本丸跡に残されている石垣も樹木の根による影響などからか孕んでいる個所も見られ、安心して散策するためにも保存対策が必要ではないかと思います。
また、現在、本丸跡に建つ吉田城(鉄櫓)は昭和29年(1954)に開かれた豊橋産業文化大博覧会に郷土館として建てられた鉄筋コンクリート造の櫓で建てられてから60年以上経ちます。同時期に建てられた他地域の鉄筋コンクリート造の城郭建築と同様に耐用年数や耐震性も考えなければならない時期が訪れ、いずれ建替えの話も出てくるのではないでしょうか。その時には地元の匠の技能により建替え、吉田城の歴史的資源の価値を高められるシンボルになるものと信じています。復元後の維持管理に置いても地元の匠が次の世代への技能伝承の場としていく事で、建物も技能も受け継がれていくと考えています。
以上の事の実現には解決すべき事柄あり容易い話ではなく、多くの方のご理解 ご賛同が欠かせません。当会では皆様にご賛同いただけるよう取り組んでまいりますので、ご支援 ご協力のほど よろしくお願いいたします。
NPO法人 吉田城復元築城をめざす会
代表理事 木戸 珠造
これまで、吉田城や地元の歴史・文化についての学習会の開催。豊橋公園本丸広場(吉田城址)の清掃及びボランティアガイドの実施等を行って来ました。
特定非営利活動法人 吉田城復元築城をめざす会
事務局
〒441-8057 愛知県豊橋市柱七番町81 (村井社会保険労務士事務所気付)
電話・FAX 0532-39-3255